月別アーカイブ: 2014年12月

山口晧三さん

 

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《独り言1》先ほど(昼前に)会社に出てきました。まあ、体の調子が悪いときは、寝ていますが、悠長な話ですね。最近は「ゴミ拾い」も億劫になり、ミニバイクも寂しがっています。昼前にピッチャー君が来社、諸々の会話が弾み、少し元気が出ました。この「ド田舎会長」ブログですが、「西市自動車」のホームページからは入れません。ヤフージャパンから止められているようです。旧サイトのブログのメンテナンスが終了しておらず。「新ド田舎会長の部屋」で検索されますと、この新ブログに入れます。現在、裏方さんが頑張っておられます。

《独り言2》ボチボチ「年賀状」の段取りをしなくては成りません。昨年度頂戴した(皆様方の)年賀状をチエックしていますが、住所の変更や色々と(筆王への)訂正が必要ですね!2015年度元旦のスナップ写真は、適当な「夫婦もの」が無くて、「サンフランシスコ」の「フイッシャ-マンズ・ワーフ」(波止場)での「キャロライン・ダール」さんとのツーショット(スナップ)で行こうか!と決断しました。家内の顔はありませんが、またこれも一興か?と思っております。ご期待下さい。

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★本日のスナップの筆者コメント(2014/11/28)を引用掲載いたします。

3日前、東京在住の「山口皓三」さんが帰省されました。地元「楢原」地区の高台に位置する「松尾ヶ原」の出身で、帰省のたびに、レンタカーをお貸しします。今回は明日(28日)に、高校のクラス会をされるようで、高熊地区の「田中雅克」さん(元:出光興産副社長)も同級だそうです。(筆者の2年下)

・山口さんは、帰省の際は(毎度)「三味線」を担いでおられます。聞きますと「加藤流」藤秋会の東京支部長(名取り)をされているようで、急きょ昨日「後山邦秋」師匠に紹介することになりました。15時に(スナック舞)集合、筆者~中原邦彦さん~田中雅克さん も同席、諸々会話に花が咲きました。そして「津軽三味線」津軽じょんがら節も披露してもらいました。ミニ演奏会と会合は、18時過ぎまで続きましたよ。

< 山口皓三さんは(名取名:加藤訓皓)、去る10月25日(東京武道館)2020年東京オリンピック「プレゼンテーション」で、1125名による大合奏「津軽三味線じょんがら節」ギネス記録会(新記録達成)に参加されました。>

昼定食(ベル・ベル・ソル)  ¥700(外税)コーヒー付き

 

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《独り言1》一昨日、「後山邦秋」師匠より、先日の「高熊地区」中山間事業(中原邦彦:代表)収穫祭記念コンサートのDVDが出来上がった!と言うことで、一枚購入いたしました。これは「幸音響」の「若松幸雄」代表が、撮影~編集されたものです。この出来栄えが、実に面白く、高熊地区の皆さんにも、ぜひぜひ見てもらおうと思っています。出演者も観衆の皆さんも、DVD録画を意識していないところが(固定式)実に傑作品、ある部分では見ごたえ1000%、何とか?動画サイト(ユーチューブ)に載せたいと思っていますが、、さて?それと、9月28日の(川棚温泉コルトーホール)筆者の演奏他も載せたいと思っておりますが、まあ、頑張ってみます。(その暁には)ぜひぜひご笑味?下さい。

《独り言2》昨日の朝は、強烈なる「濃霧」で始まりました。視界は50㍍あるかないか?こんな朝霧は久しぶりであります。事務所には(業務用の)ストーブが入って、何とか面目がたちました。二面がガラス張りですから(44坪)、夏は暑く!冬は寒い!それも半端ではありません。強烈に寒いのですね。筆者がもう少し若ければ、「薪ストーブ」か?「暖炉」?に挑戦したのですが、今の年齢と、このヒザの様子では、とてもとても無理であります。「クヌギ」や「樫」などの高級燃料=薪 を、(人様には)かなりお世話しましたが、(実際は)立ち木から切り出して、切断そしてカットなどなど、かなりの労力を必要とします。

・一年間の薪の使用量も半端ではなく、(おまけに)ストーブに入れられるのが、一年か一年半は(乾燥に)時間がかかるのです。高級な「薪」の完成品はとても高いものであります。冷静に考えてみると、「薪ストーブ」は高級な道楽なのかも?知れませんが、周囲には山林が沢山あるし、自らもかなりの山林所有者ですから、後はアクションあるのみなんですね!薪(完成品)を購入してまでは、「薪ストーブ」暖房の意義は半減します。全て自らがアクション起こす気がないと、経済的にも難しいと思いますね。でもでも、将来を見据えて考えてみる必要はあります。一生かかっても消費できないくらいの自前の「雑木山」があるのですから、、、(但し、まず山に道を作る必要があります。小型の「ブルトーザー」から雑木を運ぶ「キャタピラー付き運搬車」「クレーン車」などなど、中古でも百万単位の資金が居るのです。おまけに、全てが放棄山林ですから(雑木は30年~40年以上経つとデカ過ぎて手に負えない)かなりの覚悟も要るのですね。人力だけでは山から運ぶことすら不可能なのです。しかし、夢は叶う為にある!とも言われています。

・最初の一年間~二年間は(薪業者=個人の方もおられる)購入し、3年目から自前の「薪燃料」でやれば?、ボチボチ近場の易しいところから始めれば?、何とか成りそうな気配は感じます。親父さんの時代、家業は「材木業」いわば原木を販売(主に木材市場へ搬入)しておりましたから、妙な哀愁を感じますね!あの、木の皮の匂いが忘れられません。時既に遅し!の感はしますが、人様の「薪ストーブ」特に外国製を見ると、羨ましい!のヒトコトであります。