★ホタル祭りの、後半の模様をお送りしています。↓ 恵本泉支店長(山口銀行西市支店)の奮闘ぶりです。地元「商工会婦人部」の‘焼きそば’担当であります。歴代支店長は「焼きそば」担当らしいですね。詳しい経緯は存じませんが、、、。
《独り言》「世良修蔵」の傍系子孫、矢野徳夫さんの「エピソード」をお送りしています。栗栽培の話題ですが、矢野さんの「栗」は、他の農園よりはるかに大きく、出荷先(JA厚保=アツ)の中でも、際立って高品質~高価格で取引されていた!とのことです。りんごや梨などは、当然 ‘てっか’=摘花 しますが、栗でこの作業をする方は稀だそうです。言わば、間引きですね。真ん中の一番強い花(良いもの)を数本残してあとは摘みとるのです。当時、筆者も頂戴しましたが、通常の倍くらいの大きさでした。色々な野菜も栽培しておられたようですが、そのほうは良く存じません。東京に移られる直前は、「酵素」=こうそ に関心が強くて、研究熱心でありました。いわゆる学者タイプでしょうか!何でもトコトン極める、人でした。
・国道バイパスに(まともに)ひかかって、用地買収の交渉が始まりました。ご本人も既に亡くなっておられますし、単なるエピソードなんですが、ご本人は立ち退く気は全くなかったのです。何せ!予定の国道のド真ん中ですから、県としても後には引けなかった!という処でしょうか? 筆者が聞いた時は、大まかな用地買収の要求金額まで、出ておりましたねえ。何と!梨から始まり、野菜、栗、シキミ(樒)の売り上げ記録(市場に出荷)その詳細な売り上げ台帳があったのです(過去全て)。その当時、80歳前後、自分は110歳まで生きるから、それまでの売り上げ補償を(金額として)要求されたのですね。
・さすが、(元)銀行マン、その金額提示は?????なんですね!。過去の売り上げ台帳がありますから、用地買収の担当者(実は筆者の、高校の後輩でした(下関西高校) 土地と建物の実勢価値で行けば、???にも満たないでしょう。その交渉のまとめ役(妥当な?買収金額)をしたのが、ド田舎会長なんです。ばっさり????取り下げて、?????にて交渉が成立したのです。これにはビックリ仰天。(バイパスは未だ完成しておりません。)これがことの真相であります。??の土地(100坪)??の豪邸(敷地50坪)残りの土地は、相続税対策にと、伺ったことがあります。たかが「農林産物の代金」、始めてから詳細に記録、それが結果として、常識では考えられないような財産に代わるとは、、なまじの頭脳ではありませんね。筆者は東京での住居新築には(当時)反対を致しました。お隣の菊川町あたりが良いのでは、、、そのようにはなりませんでしたが、結果、数年後にお亡くなりになられました。自然の中で自然とともに、そのまま暮らしておれば、(あの勢いですから)軽くもう10年は現役でやれたでしょう。筆者には権限もなく、これは結果論でしかありません。
・東京の町田市での生活は、50坪の空き地が唯一の楽しみだったと思います。温室の中には、大好きな「エビネ蘭」を育て、庭先には野鳥が飛んでくるように、餌場が作ってありました。一度泊まりに行きましたが、橋本駅周辺は、ここ豊田町とは、雲泥の差がありました。ここで暮らすのは厳しいな?と筆者は思いました。ご子息の仕事の関係で仕方のない事でしょう。地下足袋を履いて、腰に剪定ばさみ、上下作業服、全てが自然の中の出で立ちでした。あらゆる(自然との対話~共存など)話題の中に筆者は夢中になりました。(筆者の)現在の「ゴミが喜ぶ」~「ゴミとの対話」も、矢野徳夫さんからの影響でありましょう。