月別アーカイブ: 2013年6月

「豊田のホタル祭り」 スナップ f 

★ホタル祭りの、後半の模様をお送りしています。↓ 恵本泉支店長(山口銀行西市支店)の奮闘ぶりです。地元「商工会婦人部」の‘焼きそば’担当であります。歴代支店長は「焼きそば」担当らしいですね。詳しい経緯は存じませんが、、、。

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《独り言》「世良修蔵」の傍系子孫、矢野徳夫さんの「エピソード」をお送りしています。栗栽培の話題ですが、矢野さんの「栗」は、他の農園よりはるかに大きく、出荷先(JA厚保=アツ)の中でも、際立って高品質~高価格で取引されていた!とのことです。りんごや梨などは、当然 ‘てっか’=摘花 しますが、栗でこの作業をする方は稀だそうです。言わば、間引きですね。真ん中の一番強い花(良いもの)を数本残してあとは摘みとるのです。当時、筆者も頂戴しましたが、通常の倍くらいの大きさでした。色々な野菜も栽培しておられたようですが、そのほうは良く存じません。東京に移られる直前は、「酵素」=こうそ に関心が強くて、研究熱心でありました。いわゆる学者タイプでしょうか!何でもトコトン極める、人でした。

・国道バイパスに(まともに)ひかかって、用地買収の交渉が始まりました。ご本人も既に亡くなっておられますし、単なるエピソードなんですが、ご本人は立ち退く気は全くなかったのです。何せ!予定の国道のド真ん中ですから、県としても後には引けなかった!という所でしょう。筆者が聞いた時は、大まかな用地買収の要求金額まで、出ておりましたねえ。何と!梨から始まり、野菜、栗、シキミ(樒)の売り上げ記録(市場に出荷)その詳細な売り上げ台帳があったのです(過去全て)。その当時、80歳前後、自分は110歳まで生きるから、それまでの売り上げ補償を(金額として)要求したのですね。

・さすが、(元)銀行マン、その金額提示は?????なんですね!。過去の売り上げ台帳がありますから、用地買収の担当者(実は筆者の、高校の後輩でした。)土地と建物の実勢価値で行けば、???にも満たないでしょう。その交渉のまとめ役(妥当な?買収金額)をしたのが、ド田舎会長なんです。ばっさり????取り下げて、?????にて交渉が成立したのです。これにはビックリ仰天。(バイパスは未だ完成しておりません。)これがことの真相であります。??の土地(100坪)??の豪邸(敷地50坪)残りの土地は、相続税対策にと、伺ったことがあります。たかが「農林産物の代金」、始めてから詳細に記録、それが結果として、常識では考えられないような財産に代わるとは、、なまじの頭脳ではありませんね。筆者は東京での住居新築には(当時)反対を致しました。お隣の菊川町あたりが良いのでは、、、そのようにはなりませんでしたが、結果、数年後にお亡くなりになられました。自然の中で自然とともに、そのまま暮らしておれば、(あの勢いですから)軽くもう10年は現役でやれたでしょう。筆者には権限もなく、これは結果論でしかありません。

・東京の町田市での生活は、50坪の空き地が唯一の楽しみだったと思います。温室の中には、大好きな「エビネ蘭」を育て、庭先には野鳥が飛んでくるように、餌場を作ってありました。一度泊まりに行きましたが、橋本駅周辺は、ここ豊田町とは、雲泥の差がありました。ここで暮らすのは厳しいな?と筆者は思いました。ご子息の仕事の関係で仕方のない事でしょう。地下足袋を履いて、腰に剪定ばさみ、上下作業服、全てが自然の中の出で立ちでした。あらゆる(自然との対話~共存など)話題の中に筆者は夢中になりました。(筆者の)現在の「ゴミが喜ぶ」~「ゴミとの対話」も、矢野徳夫さんからの影響でありましょう。

「豊田のホタル祭り」 スナップ  e (矢野徳夫さん、エピソード)③

★「豊田のホタル祭り」後半のスナップを、4連載にてお送りします。
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《独り言》世良修蔵の傍系子孫である「矢野徳夫」さんのエピソードをコメントしています。過ぎ去った145年前の真実は、到底判るすべも無く、ただ、残された子孫の方々の生き様をお伝えすることで、いくらかでも真実に近づくよう、奮闘?しています。歴史の真実と、歴史小説では、違うのが当たり前ではありますが、いかにも本当だったかのように小説やテレビなどの映像で策話されたのでは、残された縁者~子孫の方々は、たまったものではありません。

・実名で歴史の流れを小説化したり、映像化する場合、最新の注意を図るべきと思います。フイクションである!と断っても、物事には程度!と言うものがあります。良いように(褒めたり)描くのならまだしも、今回のNHK「八重の桜」の「世良修蔵」の愚行三昧、プロの「Yakuza」さんも目を覆いたくなるような演出は、(そのままでは済まされませんね!)民主主義国家のすることでは無いと思います。「世良修蔵」だけでなく、我々「山口県人」=長州人の(それでも無くイメージが悪いのに)悪印象をさらに増幅してしまったのであります。

・矢野さんは、地元:豊田町の住民の一般的なレベル(生き様や能力、考え方など)について、どうしてもYosomonoいわば、他の土地から来られた方だなあ!と思いますね。ご当地この田舎の地域では、言葉や習慣など、すんなり地元に解けこめるにはしばらく時間を要します。そこの住民として100%認知されるには、30年を要する?と伝え聞いたことがあります。狭い田舎ならではのことかも知れません。このようなことは、表立って口には出しませんが、腹の中ではそう思われているのです。まだまだ、表向きな綺麗な考え方とそうではない(辛く悲しい)考え方も共存しているのです。いわばこれも風土・風習でしょうか?

・「矢野徳夫」さんが、世良修蔵の傍系子孫、そしてお爺さんが「世良徳壽」であり、京都大卒 銀行の頭取をし、国会議員まで上り詰めたことを知っている(ここ地元)町民は、筆者を除いて皆無でありましょう。知ってどうなるわけでもありませんが、矢野さんはそのような存在でしたねえ。筆者が偶然にも「菊の御紋」の入った「御盆」を見たばっかりに、様々なことが明るみに出てきました。ある意味では、草葉の陰で、某有名な小説家の方々(複数)は、案外!しまった!と思っておられるかもしれません。独りの子孫の生き様だけで「世良修蔵」を断定することは無茶と言うものですが、少なくとも(世の相場として)常識が無く、女たらし、酒ぐせが悪く(これは当たりかも)プロのYakuzaさんも顔負けするような愚行三昧の人間!として描かれましたから、それほどの無能な人間なのか?生い立ちは?幼少の頃は?成人になってどのような環境にあったのか?学問のレベルは?人間力は?洞察力は?そして、藩に対しての忠義、国家意識など、あらゆる観点から「世良修蔵」の人間像を再構築しなくてなりません。

・昨日のエピソードの回答を少し。野生ザルの撃退方法ですが、< カーバイトによる爆音発生器が通常、それから鉄砲(銃)で撃つ(駆除する)のが一番かも?勿論サルを撃つハンターはまずいませんが、、。>答えは「蚊取り線香」による「時限点火装置」なんですね。人間が、畑などにいる場合、まず出てきませんから、そこを立ち去った30分くらい後、蚊取り線香の最終に「爆竹」をセットするのです。そうすると、人間がいないところで大きな爆音がして、サルはしばらく近づかない!こんな按配であります。これは、簡単な時限爆弾もどきですね。矢野さんから聞いた話です。

・家訓として、使ってはいけない言葉。全て記憶していませんが、「メシ」「食う」「ヤル」などなど、使ってはいけない日本語だったとか!庄屋で国会議員(帝国議会)までの家系、いわゆる準華族の家系、このことから世良そして中司のご先祖さんのレベルが推察できます。世良修蔵の奇兵隊に入隊するまでについては、谷林博著の歴史書(世良修蔵)に詳しく記述がありますので、再確認のためにも、調べてみますが、かなり頭脳明晰、漢学・詩歌など、文字も達筆と記述されていました。そこらにいる「遊び人」「プータロウ」「博徒」では無いようです。

・裕福な家庭、学問を志し、お国のため(長州藩)士族をライバル意識し、手柄を立て続け(歴戦=第二次長州征伐&鳥羽伏見の戦いなど)、(結果、第二奇兵隊軍監を経て、奥羽鎮撫総督府下参謀となり)遂に(双方から?)葬り去られた?ねたまれた?という(筆者の)仮説であります。