小林裕さん~岡部泰明さん ありがとう!

FaceBookのお陰にて、「小林裕」さん、さらに「岡部泰明」さんとの(ネット)交流が始まりました。同じ「豊田町西市」で生まれ、同じ(幼少の)時期を過ごしたのです。昭和の25年から35年のころ、お互い「はなたれ小僧」もしくは「ガキ大将」か!思わず、60年まえにタイムスリップしてしまって、(今)乏しい記憶を呼び起こしています。懐かしさを飛び越して、そうだ!この記憶や体験を語り継いで行かなければならない!そんな心境になりました。
最初は「ぽっぽ鉄道」西市駅:看板の場所の話題がスタートでした。その後、やめられた「内山旅館」が3階建てだったことを初めて知りました。そして「中野酒造」には、高さ40㍍~50㍍もの大きな松の木があったこと!確か40年代に伐採された!その酒蔵、当時、コトブキの銘柄そして魁(さきがけ) 自分と、悪友「中島暢彦」(すでに逝去)は、敷地内が探検場所(学校の運動場くらいの広さ)、屋根の上では大冒険、酒蔵ではコックをひねって極上の濃い新酒を飲んじゃった!とても甘かった!(内緒)

毎年の春と秋?たった(建った=開催された)「いちび」(市日=祭り)の賑わいのすごかったこと!久保商店(今は空き家)路地の駄菓子や(きもと)長正司から一区そして二区に至る、今は無き商店のかずかず!そのお店の名前が直ぐに出てきません。早速、聞き取りなどして、地図でも作ろうかなあ!と決意しました。自分の生家は、総合支所の一区画にあり「雑貨店」既に止めていた。川そばに「江木石油店」があり「山形のおっちゃんの靴や」「渡辺医院」もありました。家の前は「杉森のパン屋」さん、左隣が「永繁呉服店」その前に「みなとや」?「節ちゃん食堂」 山田川の橋を渡ると、子供ながら「敵陣地」へ侵入する心地。いわば越境、ラムネとパッチンの大勝負!続きをご期待あれ、、、(爆笑)

「山田美和子」さんに会いました。

昨日~本日と、少々寒いので、カレンダーの配布作業はお休みしています。残り100部、地域的にも「一の俣」方面のみとなりました。(全地域的にも)若干、御宅が判らないところもあって、現在、地図等で確認中であります。

昨日のお昼、オバタリアン2名(伊藤ミツエ~久保令枝)を引き連れて「シーフレンズふたみ」へ参りました。狙いは「お刺身定食」¥1100ですね!お店に入った途端、思いがけず「山田美和子」さんにお会いしました。既に食事は終わって、コーヒータイムでした。我々はすぐ空いているテーブルに陣取りました。さすがベテラン代議士秘書!コーヒーを提げて(なんと!なんと!)筆者の傍にこられたのです。ここ数年間女性が隣に座られる!?ことは全くありませんでしたから、(思わず)興奮しましたねえ!?独身さんです。

「山田美和子」女史は、豊北町田耕「安楽寺」のお生まれ、お寺さんの後継者でもあります(長女)。一緒に食事中の「久保令枝」さんのご次男「久保光照」君(税理士維新)と、豊北高校の同期は、存じていました。まあ、代議士秘書は勿論ですが、地元の「郷土歴史研究家」としても、もの凄く著名なお嬢さんでもあります。さすが「流暢なる」語り口は素晴らしく、一気に歴史(幕末維新)に飛んだことは言うまでもありません。残念ながら(筆者の得意とする)「世良修蔵」を始めとする「戊辰戦争」などについては、勉強不足だそうで、残念至極。★4名ぶんのお食事代は、(大見得を張って、筆者のおごり!辛笑)

ここのお店のオーナーさんは、某下関市議会議員さんのお母様と伺っていますが、(山田さん)良くこられるのでしょう。肝心の「お刺身定食」は、量も多く、鉢物も2品(酢もの~煮物)そしてお味噌汁~フルーツも付いて、食べ切れないくらいでした。(ご飯 お味噌汁など、お代わりOK)採算度外視のKimyouな「お食事処」ですね!趣味~人間づくり でやっているとか!?先着20名様限定、「おまかせ定食」は、直ぐ完売するそうです。