山買魚売 ⇒魚を売って、山を買おう?

とんでもない?話題を提供します。

実は、先月「(有)みやた酒商」代表の「宮田紀洋」が逝去しました。(従弟の子)まだ60歳代の前半、少し早すぎます。自分を(本当の)兄のように慕ってくれていました。長門市三隅町沢江(旧大津郡三隅町) ここは自分の「お袋さん」の生まれ故郷であります。

小学校の高学年から(お盆や正月に)よく遊びに行ったものです。★手遅れの「胃がん」でした。昨日、四十九日の法事がありました。本宅に上がるのは(それこそ)20数年ぶり、仏間(床の間)に座るのは、覚えていないくらい(だいぶ)前のことになります。

ご法事の最中に(左上にふと)大きめの額が掲げてあるのに気が付きました。見たことがあるような?いや、これまで気が付きませんでしたねえ。その文面は、かなりの草書(くずれ字で)はっきりとは読めませんでしたが、歳の功か、直ぐ判別できました。かなり古い?(明治か?大正?か?)誰が書いたのか?どなたが掲げられたのか?今のところ解っていませんが、その文面に惹きつけられたのです。

左から読むと 山 買 魚 売  右からでは 売 魚 買 山 となります。この自分の母親がここで生まれ、そして育った家であります。目の前は「仙崎湾」に面しており、半農~半漁 そして小さなアキナイをしていたと推察できます。魚を取ってそれを売って、その儲けたお金で山を買おう!そんな意味でしょう。解釈を太くすれば(単純に)漁業で稼いで財産を増やそう!とも取れますね。

この掲げられた額のことについて、亡くなった本人、さらにそのお父上(筆者のいとこ)からも、全く聞いたことがありません。商売人として、今日まで(これ一本で)続けてきた自分に取って、アキナイの原点が(こんなところから)発見?出来たような気がして、ビックリやら驚きやらで、思わず眼がしらが熱くなりました。(少し大げさ)

自分の母親(明治45年生まれ)の姉(山奥から養子を取った)そして(そのまた母親)は「青海島」=おうみじま から嫁いできた!と聞いています。自分が知っているのは、小さくて腰が曲がって眼鏡をかけた、90過ぎの?「おばあちゃん」でしたが、その以前の古いところは知る由もありません(多分 幕末か?明治の初めの生まれ?)。現在、いろいろと聞いたりして、、アキンドとしてのルーツ(いや)どこから(この)自分の性格が始まっているのか?知りたくなったのです。(苦笑)

☆逝去した社長の「長男」S君は、それはそれは、(自分に凄く)性分(性格)が似ているんですね!いわば自分の8番目の孫も(となりのY坊)、よく似ているのです(苦笑)。商売根性的なところ、良くしゃべる弁舌さわやか、見方を変えれば、他にない鮮やかな(人間力の際どさ、へんくうさ が 抜群~他諸々達者です)普通の人に無い、振る舞いの数々、そしてこの「額」の文言「魚を売って、山を買おう」軽く130年以上?前のご先祖さんが、語り掛けて来たような衝撃を受けました。

☆(自分の)親父さんが亡くなった時(その相続の際の)すべての分配を「山林」で頂戴しました。そして(現在)それ以上の面積の「山林」を取得(名変中)しています。この田舎では、「土地」も「山林」も 極安価で 場所によっては値打ちがありません。「山林」については、どうしようもなく値段がありません。それでも、土地や山林など (何とも言えない)不動産への憧れ、、この(掲げてあった)「額」とピッタリ一致して、実は内心 驚いているんです。

1 thought on “山買魚売 ⇒魚を売って、山を買おう?

  1. 後山邦秋

    宮田さんとはホテル「楊貴館」、「トトロの里」の演奏会で何度かお目にかかる機会がありました。「獺祭」が品薄の時に会長の口利きで直接「みやた酒商」まで買いに行った事、思い出します❗私に取っても、御縁のある方でした。心から御冥福を御祈り申し上げます。御縁のある方の逝去の度に、人生の無常を感じますね。「生死流転」と申しますが、実態の無いものにどう向き合えばいいのか、答えは未だに、得られません。取り敢えず今を生きることが永遠の時と永遠の命を生きる事なのかも知れませんね。

    返信

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。