「青春18きっぷ」 r (宮地~立野)  < 日本最大、スイッチバック >

《独り言》「宮地」駅のことですが、a,saitoさん の生まれ故郷!だったとは!、、実は「宮地」が阿蘇市(一の宮町宮地)と判断できませんでした。通常なら「阿蘇」駅なんでしょうが、「宮地」の地名に由緒があるのでしょう。このように普通列車の旅で、初めて知ることも少なくありません。1時間ばかり待機時間がありました。まず、駅構内の待合室の傍に、豊肥本線の大災害(集中豪雨による土砂災害)の記録写真や説明パネルの展示室がありましたので、その被害の大きさや復旧の大変さを知ることが出来ました。余り遠くには行けませんでしたが、駅前に「阿蘇赤牛」のレストランがありました(藤屋さん?雑貨屋さん~薬局?も。(時間的にお腹が空いていないのと、事前に知らなかった為、お店の前を伺うだけ、、次回は何とか?赤牛ステーキに挑戦したいと思っています。)そして、駅前左に「パンやさん」リッチモンド・ベーカリー?がありましたので、夕食用に少し購入しました。(それから)待ち時間のとき、駅構内に「あそぼーい」なる特急電車が入ってきて(10数分後)、折り返し熊本方面へ出発しましたが、これには乗車出来ませんでした。ここは陸橋も無く、2番乗り場から線路をまたいで駅舎に行く、どこと無く昔の風景でしたね!

 

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★「豊肥本線」宮地駅から赤水そして「立野」駅(たての)に到着します。立野駅の手前で最初のスイッチバック、駅に着いて「瀬田」(熊本方面)へ向かって下りて行きます。その都度、運転士さんは(マイハンドルを抜いて)後ろ側に移動するのです。

宮地駅発 16:04 立野着 16:43 (6分間停車 外に出られる)16:49発 一路 「瀬田」~「肥後大津」へ下ります。

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↑ クルーズトレイン「ななつ星」寝台列車の停止位置を示す表示ポールがありました。普通列車はディーゼルカーの1両か2両でしょうが、「ななつ星」は、7両編成ですから、ホームからかなり出てしまいます。「青春18きっぷ」第2集の「吉松」駅~「人吉」駅(薩肥線)にも、「真幸」駅(まさき)と「大畑」駅(おこば)にスイッチバックがありましたね。「観光寝台列車」ななつ星は、この「薩肥線」と「豊肥本線」のどちらも通過(停車)しますから、今回の「青春18きっぷ」にて、そのどちらのスイッチバックをも(格安にて)体験(見聞)したことになります。

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★クルーズトレイン「ななつ星」(ネットから)

九州各地を巡り、自然・食・温泉・歴史などを楽しむことを目的とした観光寝台列車である。2013年10月15日に運行を開始した。2012年10月から予約の受け付けを開始し、2013年10月 – 12月の平均倍率は7.27倍だった。1人あたりの価格は1泊2日で15万円 – 40万円(車中泊)、3泊4日で38万円 – 95万円(車中2泊・旅館1泊)で、関東・関西など国内観光客やアジアの富裕層の利用を見込んでいる。

この計画は以前からJR九州のデザイン顧問である水戸岡鋭治が構想を練っていたもので、2011年1月にJR九州から発表された。仮称として「クルーズトレイン」などと呼ばれていたが、同年5月28日にJR九州から列車名や詳細が発表された。

列車名は、九州の7つの県(福岡県・佐賀県・長崎県・熊本県・大分県・宮崎県・鹿児島県)と、九州の主な7つの観光素材(自然・食・温泉・歴史文化・パワースポット・人情・列車)、そして7両編成の客車を表現したものである。

JR九州では本車両を「大人の空間」と位置づけているため、ツアー参加者は中学生以上に限定されている。車内の共用スペースでのドレスコードは「スマートカジュアル」と定められ、ジーンズやサンダルは禁止である。車内は全面禁煙で、寝台個室にテレビは設置しない。

本列車を申し込む際は、参加者全員の名前を登録する必要がある。チケットを購入後、その中の1名を変更する場合、名義変更手数料として1万円が必要である。転売防止のため、2名とも変更することはできない。

3泊4日コース1日目:
博多駅 →(久留米経由)→ 由布院駅 →(大分経由。車内泊)
2日目:(車内泊)→ 宮崎駅 → 隼人駅(隼人駅からバスで旅館へ)
3日目:(旅館泊。隼人駅までバスで移動)隼人駅 → 鹿児島中央駅 →(人吉・熊本経由。車内泊)
4日目:(車内泊)→ 阿蘇駅 →(そのまま列車で大分経由、またはバスで阿蘇から豊後森へ)→ 豊後森駅 → 博多駅

1泊2日コース1日目:
博多駅 → 長崎駅 →(車内泊)
2日目:(車内泊)→ 阿蘇駅 →(そのまま列車で大分経由、またはバスで阿蘇から由布院へ)→ 由布院駅 → 博多駅

2 thoughts on “「青春18きっぷ」 r (宮地~立野)  < 日本最大、スイッチバック >

  1. 中村久恒

    「青春18切符」の旅楽しく読ませて頂いております、九州の旅(以前)私も車で旅したことがあり、往時をを楽しく思い出しております。やはりスナップもよいですが、コメントが付いてくると数倍楽しめます。これからもよろしく

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  2. takashi

    阿蘇山との出会いは50年前中学校の修学旅行、サンデンバス二泊三日の旅でしたが高速道もない時代に雲仙『初日は小浜(オバマ)温泉泊、二日目栃木(トチノキ)温泉泊=阿蘇外輪山立野駅近くの温泉』~島原~天草フェリー~熊本城~阿蘇山頂~その後どのルートを通ったか不明、遠路はるばる行ったものです。当時町内の幹線道路はほとんど未舗装でバスやトラック(乗用車はほんのわずか)がホコリをまきあげ通っていました。旅行のバスガイドさん「舗装道路と掛けてKoutaisi-denkaと解くーその心は?」ガイドさん「道(Michi)がいい、道(Michi)がいい!!」(笑い)このことだけよく覚えています。
    立野スイッチバックは、20代始めの頃「阿蘇青年の家」に行く時、国鉄豊肥線に乗車「スイッチバック」を初めて体験、その後は自家用車で何度となく阿蘇山周辺にドライブや旧高森線トロッコ列車観光に出かけましたよ。

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