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「藤本貴司」さんから頂戴したコメントです。    その27

「藤本貴司」さんから頂戴したコメントです。
   2016年2月22日ぶん

おはようございます。
「金子みすず」の故郷、仙崎港ここに戦後間もなく大陸からの引揚げ船が沢山入港して、引揚者救護所があり、青海島に渡る橋の右手前岸壁に「引き揚げの地記念碑」があります。

実家の母も戦後の一時期この救護所で看護婦でした。
昨年8月、戦後70年、実家の母がそっと孫に話したそうです。昔を多くを語らない母が記憶が薄れないうちにと「おばあちゃんは、山口の日赤の看護学校をでて、終戦の日を東京新宿の陸軍第一病院(現在は国立国際医療研究センター、終戦時は一面の焼け野原)で迎え17歳だった。昭和20年3月の東京大空襲の後、人出が足りないと6月に全国から看護婦が集められた。

東京までは途中、何度も空襲にあい列車で一週間かかってようやく到着、手が空いているときは焼け野原の釘拾い、8月6日広島に新型爆弾が落ちたということで東京から応援に行くということになり、愛媛県のグループが各県バラバラで行ってもダメ私たちがまとまって行くと原爆投下直後の広島に行かれ、その後のどうなったかはわからない。間もなく皇居前でラジオ放送を聴き終戦を知る。その後どうやって帰郷したか、あまり覚えていないが、貨物列車の石炭の上にのった時煙で息を止めながら帰ったことだけ記憶に。

戦時中、8人兄姉弟妹の五番目で親を助けるため看護婦になろうと親に内緒で給料の高い満州の看護婦募集に応募合格、これが親に知られ大叱れ、山口の日赤へ。それから72歳まで現役看護婦」。

会長のブログ拝見、戦後70年世代が変わり薄れゆく記憶や出来事語り継ぐことも大事です。

JET STREAM(音楽のある風景)から ㈱燈音舎      NO.19

☆ナレーション:城達也 (南半球の新天地)

遠い地平線が消えて
深々(ふかぶか)とした夜の闇に心を休めるとき
はるか雲海の上を音もなく流れ去る気流は
たゆみない宇宙の営みを告げています

満点の星をいただく果てしない光の海を
ゆたかに流れゆく風に心を開けば
きらめく星座の物語も聞こえてくる
夜の静寂(しじま)の何と饒舌(じょうぜつ)なことでしょうか
光と影の境に消えていった、はるかな地平線も
瞼に浮かんでまいります(以下略)

◎ 渚のアデリーヌ  / リチャード・クレイダーマン

『楽曲解説』

1976年にフランスのポール・ドゥ・センヌビルが作曲し、新人ピアニストのリチャード・クレイダーマンがレコーディングし、大ヒットしました。日本は翌々年の発売でいたが、本人のキャンペーン来日も功を奏して、関係者の予想を上回るヒットとなり、クレイダーマンの時代が始まりました。原題は“アデリーヌのバラード”ですが、「渚」の一字を付けたことが、ロマンチックなイメージをさらに増幅させたことも否めません。