月別アーカイブ: 2022年9月

「矢野公皓」さんからのコメントです。 その➁

「矢野公皓」さんからのコメントです。
   2020年11月18日~12日~11日

こちら(東京郊外)も朝から青空です。普段なら朝は10℃以下ですが、今日は15℃昼間は23℃で暑いくらいでした。明日あさっては25℃超えの夏日が予想されています。(遠くはないが)麻生まで食事に行ったのですか。昔は炭鉱で栄えていましたが、今は面影も残ってないようですね。ゴミ収集も大切ですがこれからも年齢も考慮し、無理のない範囲で実行して下さい。明日は結果の日ですね、吉報を待っています。(11月18日)

懐かしいですね。珍しい「もの好き」と仕事にかこつけて、早くから携帯電話を使っていました。当時車外に2本のアンテナを着けてステータスのような感じでアンテナだけ盗難にあいました。
問題は通話料金が高い(記憶では1分間100円くらい))のと、、圏外がやたら多いのが難でした。東京とは言えど町並みから外れると(またまた)圏外。ついでながら当時ショルダー型電話機は出力2w(現在はその40分の1くらい)、待機時間8時間、電話帳機能20件、もちろん留守電機能等はなく、今から見ると黒電話を持ち歩いている感じだと思います。
その後も機種を変えながら今日に至っています。3月にスマホデビューがかなわなかったが、、2026年までは使えるそうなので、それまで自分の年齢(ギリギリ戦後生まれ)を懸念しつつ「ガラケー」の伝統を守ってゆくつもりです。
(11月12日)

ええッ! 今が食べごろ?!すっかりいただきだいぶ前から空き瓶になっています。美味しく頂きましたご馳走さまでした。いただくのは簡単ですが大変な作業ですね。以前にもブログで作業工程拝見しましたが、改めて作っていただいた方々に感謝します。ありがとうございました。昨日529ch見たら3分余りの勝負ですが変わらずの迫力でした。ここでもミッドナイトレースが行われるのですね。
(11月11日)

↑「矢野公皓」さんからのコメントでした。

四年前(2018年8月)のブログが面白い! その④

「世良修蔵」 (多くの「応援コメント」に、感謝!感謝!)
  2018年8月8日ぶん

ド田舎会長ブログを再開して、(今のところ)何とか?順調に推移しています。全国各地の有志の方々から、ありがたいコメントをたくさん頂戴しています。やる気が起きますね。

色々なことが走馬灯の如く駆け巡ります。この4月頃から一番の関心ごとは「世良修蔵」没後150年の法要に出席したことでしょう(福島市 長楽寺)。1868年4月20日(閏)長州藩士(新政府軍)「世良修蔵」は、福島北町の金澤屋(旅篭=商人定宿)で襲われ、阿武隈川の支流(寿川)で斬首されました。筆者地元「豊田町」の「楢原」地区に「世良修蔵」の傍系子孫である「矢野徳夫」(やのよしお)さんと(筆者が)懇意にしていた関係で、没後150年法要に参列したのです。

今年は明治維新(戊辰戦争勃発)から150年(1868年)で、(それぞれ各地で)様々な行事が開催されています。問題はこの「維新」と言う文言ですが、東北では「戊辰」(ぼしん)と言われており、その違いがはっきり判ります。詳しくはネットでみていただくとして、(筆者は)この「没後150年」法要に参列したのです(福島市 長楽寺)。
実は「ド田舎会長」ブログの中に「世良修蔵」の記述があるわけですが、そのブログ記事に到達された「宮城県白石市」の「田切誠人」さん(40歳代)から法要の開催の知らせがあったのです。(参列のお勧めでした)

法要のあくる日の4月21日、「福島民友」「河北新報」「朝日新聞」(地方版)には、法要の記事が掲載されています(筆者は記者数名に囲み取材を受けたもの)
合掌のスナップあり→朝日新聞。一般的な感想として、敵地(奥羽)にも関わらず、立派な墓所があり(白石市 陣馬山)~(福島 稲荷神社)さらに150年経過した今日にもかかわらず(敵軍指揮官の)「没後150年法要」が営まれたことに対して、とても驚いた!と申し上げました。
萩(毛利)と福島(会津)との確執、「新政府軍」と「奥羽列藩同盟軍」との(それぞれの)「正義」「大義」の違い、今なお収まることの無いわだかまりを感じました。この「世良修蔵」の惨殺、さらには「奥羽列藩同盟」結成などがきっかけで、戊辰戦争が拡大した!と言われています。

★戊辰戦争 鳥羽伏見の戦い→ 会津戦争~~ 函館戦争(五稜郭の戦い)で終結

○外国に立ち向かう新政府を作る!→(新政府軍=薩摩藩 長州藩 芸州藩 他)
○幕藩体制下の武家社会の尊厳!→(奥羽諸藩=仙台藩 会津藩 庄内藩 他)
この大きな「食い違い」が、戊辰戦争を肥大化し(双方とも無駄な)多くの戦死者を出し悲劇の結末となったのです。(後日)続きを解説しましょう。

★「ド田舎会長」ブログ内の検索「世良修蔵」も面白いです!「奥羽鎮撫総督府 下参謀」=実質の指揮官=新政府軍の隊長
ブログ「アーカイブ」の一番下、2013年06月をクリックされますと、世良修蔵~傍系子孫の「矢野徳夫=やのよしお」さんの記事を見ることが出来ます。6月
30日~6月20まで下る 5回記載

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 ↓ 緊急 転載   将棋「藤井聡太」王位戦タイトル防衛!(2022年9月6日)↓

 将棋の藤井聡太王位(竜王、叡王、王将、棋聖、20)が、9月5、6日に行われた第63期お~いお茶杯王位戦七番勝負第5局で挑戦者の豊島将之九段(32)に勝利し、タイトル防衛と3連覇を達成した。シリーズ成績は4勝1敗。この結果で、通算タイトル獲得数は史上最速・最年少で10期に到達した。

 今シリーズは、3連覇を目指す藤井王位に、2期連続の挑戦で4期ぶりの王位奪還を狙う豊島九段との激突なった。先勝を飾ったのは豊島九段。しかし、藤井王位はその後3連勝を飾り、一気に挑戦者を追い詰めた。全5局で「角換わり」の戦型を志向。本局は出だしから互いに慎重な序盤戦をたどり、早々に前例を離れた。1日目は、中盤の難所で藤井王位の手番で指し掛けに。2日目に入ると、藤井王位は前日の受けの姿勢からは一転、猛攻を開始した。

 後手は積極的に戦線を拡大。自玉の延長戦には先手の飛車が待ち受けていることも構わず、激しい戦いを仕掛けていった。しかし、豊島九段も簡単には倒れない。一見動きが制限されそうな自陣深くに角を打ち込み均衡を保った。激しい攻防戦となった終盤戦では、後手が1筋に角を打ち込む一手に、ABEMAの中継に出演した広瀬章人八段(35)は「名手。発見しにくい手」とコメント。先手は細かい技を多数繰り出し藤井王位に迫ったが、後手はじわじわとポイントを積み上げて押し切り、大きな勝利を掴み取った。

 七番勝負開幕時には19歳だった藤井王位は、期間中の7月19日に20歳の誕生日を迎えた。この王位防衛が藤井王位にとって20代となって初めてのタイトル。2020年度の棋聖挑戦以来、一度としてタイトル戦での敗退がない藤井王位は、史上最速&最年少で節目の10期到達となった。歴代最多99期の羽生善治九段(51)の10期達成は23歳4カ月。初タイトルの棋聖獲得からの到達は4年1カ月を要した。さらに到達までには2度敗退しているだけに、藤井王位の偉業が際立つ。通算獲得数は歴代9位をキープ。連続記録がどこまで伸びるか、今後ストッパーは現れるのか、ますます目が離せない。

 藤井王位は、10月には今年度3つ目の防衛戦となる竜王戦七番勝負が開幕。竜王経験者でもある広瀬章人八段(35)を挑戦者に迎えるとあり、気の休まる間は無い。さらには、年度内六冠獲得に向けた棋王戦コナミグループ杯挑戦者決定トーナメント、最年少名人を目指す順位戦A級でのリーグ戦と、ファンにとっても見どころは目白押し。藤井王位の今後の戦いに期待は高まるばかりだ。

 ◆藤井 聡太(ふじい・そうた) 2002年7月19日、愛知県瀬戸市出身。中学2年生時の2016年10月に史上最年少で四段昇段、史上5人目の中学生棋士となる。2020年度の第91期棋聖戦でタイトル初挑戦。渡辺明棋聖(当時)を破り、17歳11カ月で最年少タイトルホルダーとなった。以降、竜王1期、王位3期、叡王2期、王将1期、棋聖3期と、獲得と防衛を重ねて通算10期。棋戦優勝は5回。通算成績は278勝56敗、勝率は0.8323。趣味は鉄道、チェス。
(ABEMA/将棋チャンネルより)

転載しました。(ド田舎会長)↑