日別アーカイブ: 2022年9月12日

「藤本貴司」さんからのコメントです。 その⑫

「藤本貴司」さんからのコメントです。
   2020年11月12日ぶん

こんにちは、先日「75年前の仙崎~引き揚げ船興安丸」の展示会(10月1日~11月15日 長門市)に行ってみました。90歳を過ぎた妻実家の母と。
興安丸は舞鶴港の「岸壁の母」悲話で全国的に知られていますが、こちらは大陸「朝鮮半島」「満州=中国東北部」「ロシア=ソビエト連邦」からの引き揚げ者(帰国者)です。

仙崎港は戦後初めて釜山からの引き揚げ者を乗せて(昭和20年9月~22年4月)興安丸が入港した場所です。
義母は「日赤山口病院」の看護婦として、11名で救護所(仙崎~極楽寺)で20年11月~21年1月にかけて 病人だけでなく、(興安丸は定員1700人の大きな船で接岸できないため深川湾沖合いに停泊)小舟で興安丸に行ったり、仙崎から長門市駅(当時は正明市)まで 荷馬車に病人があれば徒歩で付き添うことなどしていたそうです。
興安丸には定員をはるかに超えた5000~7000人の「引き揚げ者」が乗船していたとか、、、仙崎港からは反対に朝鮮系(当時 現在の韓国~北朝鮮)の帰国者が乗船して、釜山港に向かっていたとのこと、、、、

↑「藤本貴司」さんからのコメントです。

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◎「児玉進矢」さんから頂戴したコメントです。
(急きょ 掲載)ド田舎会長 判断 2022年9月7日ぶん

先日、ある国家資格を受けてみました。還暦+1か月の受験生ですが、見たところ私より年長と思われる人もたくさんいました。歳を取ってから新たに物事を学び始めることを「○○の手習」と呼びますが、広辞苑によるとここに入る数字がまさに「60」だそうです。日本の故事成語には「六十の手習」、英語には〝Never too old to learn“という良い回しがあるようです。今風に言えば「リカレント教育」でしようか?横文字にしなくても日本には昔から良い言葉があるのに何故だか使わないですね。

昔から「人生50年」と言われていますから、60歳を起点とした古事成語があるのはちょっと不思議な気もします。でも、徳川家康は75歳まで生きて戦国の世を終わらせ、葛飾北斎は60歳過ぎてから富嶽三十六景を描き、伊能忠敬は56歳から測量の旅に出て71歳で日本地図を完成させたそうです。シニアパワー恐るべし!ワクチンもなく、MRIや胃カメラもなく、オプジーボやダヴィンチもない、疫病や飢饉が襲ってきても主たる対抗手段は祈祷師(泣!)というこの時代を長く生き抜いたこの人たちはまさに化け物なのかもしれません。こうした人たちが晩年に成し遂げた大功績を賞して「六十の手習」という言葉ができたとしたら納得がいきます。

昨年のパラリンピックである選手が、最年少記録は1回だけだが最年長記録は何度でも更新できると言っていました。キングカズも試合に出るたびに最年長記録を伸ばしています。高齢社会というとネガティブなイメージがありますが、素直に考えれば人間にとってこんな素晴らしい世の中はありません。人類史上最高の時代です。ド田舎会長のピアノもますます腕に磨きかかかっていくことでしょう。