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冬景色  ② < 台ヶ原耕地整理組合:記念碑 >周辺整備  『平野歩夢』選手、銀メダル獲得!『平岡卓』選手、銅メダル獲得!(男子スノーボード・ハーフパイプ)

☆我が家の庭の「雪化粧」です。02_12_05
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《独り言1》昨日の2月11日は「建国記念の日」で祝日、会社はお休みです。念願していた「台ヶ原耕地整理組合:記念碑」周辺の整備(主に雑木の伐採)が行われました。(渡邉龍雄:組合長)昨年の6月に「台ヶ原台地」の導入路を探索、台ヶ原(逆)サイフォンについてコメントしておりました。その際、何とか「記念碑」の整備を懇願していたのです。まだまだ、道半ばではありますが、昨日の祝日、利水組合の有志の方々によりまして、記念碑の周辺が見違えるように整備されました。倒した「雑木」=ナラ~カシ~シイ などなど、(直径)20㌢~40㌢ 40年~50年ものを、30数本を(チエンソー数台にて)切り倒しました。

・総勢8名、筆者は(あんまり役には立ちませんが)少しばかりお手伝いをしました。雑木の伐採はかなり危険であります。倒れたアトに跳ねたり、方向が変わったり、伐採の仕事は危ないですね!まあ、切り倒し、2米くらいに細かくし、軽そうなものを運んだり、記念碑に蓄積した(100年前後の)ドロ=腐葉土 や落ち葉などを除去しました。このドロ、落ち葉がドロ=腐葉土 になったのでしょうね。大正10年建立!と彫ってありますから、落ち葉もドロに替わっていったのでしょう。発生した「雑木」はおおよそ10㌧前後、よだれが出そうなくらい欲しいのですが(薪材料として)、豊田湖畔公園にて「木炭」に加工するとのことでした(藤岡敬介:管理人)。いわゆる「炭焼き」行きですね。詳しくは、(後日)スナップを載せてみます。

《独り言2》いよいよ念願のメダルが取れそうですね。男子スノーボード(ハーフパイプ)の予選が終わりましたが、日本選手二名『予選1組1位=平野歩夢選手(15歳)と予選2組2位=平岡卓選手(18歳)』、遂にメダルに手が届きそうであります。深夜2:30決勝がスタートします。目をこすりながら応援しましょう。余程のことが無い限り、(転倒など無ければ)メダルは確実でしょう。(~23:59)

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『緊急:速報1』 「平野歩夢」選手 男子スノーボード(ハーフパイプ)において、銀メダル獲得しました!さらに「平岡卓」選手も、銅メダルを獲得しました。ソチ・オリンピック初メダルであります。優勝(金メダル)は、スイスの選手でした。(~3:30)

『緊急:速報2』  「高梨沙羅」選手 女子ジャンプ (ノーマルヒル)において、4位(メダル取れず、、残念!)優勝(金メダル)は、ドイツの選手でした。(~4:00)

冬景色  ①   『人生哲学』 其の十五

☆ 先日の「雪化粧」を撮ってみました。積雪・数センチといった処。今年になっての降雪は2度目ですが、昨今、それほど積もりません。深夜から明け方にかけて、気温が下がりますから、凍結が怖いところです。(弊社までの途中です。この日は徒歩で出勤しました。)
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↑ 「長正司」バイパス交差点から「長正司地区」を眺める

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↑ 雪景色の「華山=げさん」713米

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↑「長正司公園」を眺める(子供の頃の遊び場所)

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↑「木屋川」の風景(同じく、遊び場所、このあたりから降りてジワジワと上流に上ると、大量の獲物が捕れた)豊田湖ダムの無い頃です。

《独り言》 ここ数日(何となく)ブログコメントをすることが、億劫になっておりました。その一番の理由は “冬季オリンピック” にあることが判明。苦笑1

毎晩~毎晩~今か!今か!と日本選手のメダル獲得を期待し、先ほど(又もや)期待を裏切られました。当初、採点競技において(女子モーグルやフィギィアスケートなど)不満を持っていましたが、さきほど深夜(10日~11日)の男子500mスピードスケートにて(結果)惨敗!、遂に堪忍袋??の緒が切れました。今回の「ソチ:オリンピック」のメダル獲得は、過去最低になるやも知れません。所詮、我々は野次馬!全く運動に縁の無い単なる観衆に過ぎませんので、何の文句も言えた柄でもなく、(こうなれば)テレビのスイッチを切るしか?抵抗手段がありません。苦笑2

『人生哲学』 其の十五

・オリンピックへの愚痴はこのくらいにして、本日は雪化粧のスナップ、この程度の降雪は(それほどの被害も無く)情緒ある「冬景色」であります。昔の話をしても仕方がありませんが、どうしても現在と比較してしまいますね。ご当地は、気温だけは結構下がりますが(マイナス2~3℃)、積雪は激減の一途を辿っていますね。まあ、喜ばなくてはいけないのでしょうが、どうしても子供の頃(幼児から小学生のころ)を思い出します。

・現在の子供たちは(特に、この田舎においてさえも)雪が降ったら手製の「そり」を作って谷間の山道を下ったりする(遊び)など、皆無でしょうね。ケイタイやパソコンゲームなど、ほとんどが夢中でやっていますから、まあ、若い親も経験がないでしょうね。テレビも無く、勉強もせず、ましてや塾などご縁が無く、ただひたすら暗くなるまで“遊びほろけた”我々のご幼少の折、今振り返っても、毎日が楽しかったですねえ!

・どこの家庭にも「かなづち」「くぎ」「のこぎり」「板の切れ端」大抵の材料は転がっていました。ただ、竹をあぶって “曲げる” ことだけは、年上仲間に教えてもらったり、作ってもらったり、(時間はたっぷりありますから)学校から帰ったら毎日が楽しくて楽しくて、今思えば「ばら色の人生」??学校のことはそれほど(先生にXXかれた!こと、色々なXXを受けた!こと)良い思いではないものの、このように冬は冬で、夏は夏で(春夏秋冬)それぞれの季節の(素晴らしい遊び)の思い出だけは、走馬灯のように思い出されてきます。歳を重ねてくると(奇妙に)60数年前のことが浮かんで来ますねえ?どうしてでしょうか!

・子供ながらの「賭け事」いわゆる「ラムネ」=ビー玉~ 「パッチン」=メンコ ざんまい、(それから)すぐ裏山の「忠霊塔」(現在の長正司公園周辺)に登り、手当り次第に「シイの実」取り、初めは素手で取っていたものの、後半は枝をノコで切り落としておりました。(これはルール違反)汚らしい服や破れたズボンのポケットに詰め込んで、自宅の内緒の引き出しに詰め込んでおりました。いつも小出しに出して食べておりました(いつも腹ペコ、オヤツなど無い時代)。爆笑 高級な遊びとしては、秋(呼び名を失念しましたが)いわゆる「とりもち」を作って竹にべったり付け、「としゃく」=稲わらを積んだもの に刺して野鳥(名前を思い出せない)スズメではなく「ヒバリ」?ツグミは大きすぎて違う、思い出せない「鳥」を取って焼き鳥に、、、夏(確実に木屋川に行く)泳ぎではなく魚とり!水中鉄砲やモリ(銛)を作って捕りましたねえ!「ぎぎゅう=ギギ」「ほうせんぼう」「なまず」「おやにらみ」「にーなすい」(ぎぎゅう~おやにらみ以外一通り、煮て食べてました)残念ながら「フナ」や「コイ=鯉」は取れないのです。(腕が未熟)こんな具合で、子供の頃は「周辺が遊びの天国」次々と思い出されます。いよいよ「Roujin-Chihou」(要介護?認知症?)が始まったのかも??(~2:30)