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「青春18きっぷ」 q (豊後竹田~宮地)

《独り言》先日、ブログランキングへのクリック参加をお願いしましたが、早速6位まで上昇しました。この調子で行くと、4位も射程距離になりますね。まあ、順位が動くと、どこと無く生きている!気がして、嬉しいですね。(こればかりは、自分の力だけではどうしょうも無く)ユーザーの皆様の応援に心より感謝する次第です。明日は「クルーズトレイン ななつ星」について、コメントしてみましょう。

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「宮地」発 16:04 「肥後大津」行き

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(ネットより参照)大分 – 玉来間は国鉄の犬飼軽便線(いぬかいけいべんせん。後に犬飼線と改称)として、宮地 – 熊本間は宮地軽便線(みやじけいべんせん。後に宮地線と改称)として、両線とも1914年に開業した。なお現在、南阿蘇鉄道となっている立野 – 高森間も宮地線の支線として開業している。

<筆者:注>「玉来」駅は「豊後竹田」駅の次の(熊本寄り)駅です。

最後の区間である玉来 – 宮地間が開業して大分 – 熊本間が全通したのは1928年で、宮地線・犬飼線を合わせて豊肥本線となった。その際、立野 – 高森間の宮地線の支線は高森線となった。

阿蘇・竹田などの多雨な山間部を通っているため、集中豪雨や土砂災害などの災害が発生しやすく、そのたびに数か月から災害の規模によっては1年以上も不通となることもある。1990年7月2日の集中豪雨では緒方 – 宮地間が不通となり、復旧に1年3か月を要した。1993年9月2日の台風13号では三重町 – 豊後清川間が不通になり、全線復旧まで8か月を要した。2004年9月に三重町 – 豊後清川間の百枝トンネルが土砂崩壊により不通となり、12月の復旧までバスによる代行輸送を行った。2012年7月12日の九州北部豪雨では緒方 – 肥後大津間の各所で土砂流入・築堤崩壊・橋梁流出などの災害が発生した。緒方 – 豊後竹田間および宮地 – 肥後大津間は同年9月3日までに順次復旧し、被害の大きかった豊後竹田 – 宮地間は、同年8月20日より代行輸送(同日から9月2日まではジャンボタクシーによる代行輸送、9月3日より七城観光バス・大野竹田バス・亀の井バス(湯布院営業所)等によるバス代行輸送)を行っていたが、翌2013年8月4日に復旧し運転を再開した。復旧にあたって、被害を受けた区間では路盤やトンネルが強化され、九州北部豪雨と同程度の雨が降っても耐えられる物となった。

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「青春18きっぷ」 p (大分~豊後竹田)=豊肥本線

 

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★「青春18きっぷ」の旅は、一日¥2370で普通列車・乗り放題の魅力です。(苦笑)「大分」駅12:13発 「豊後竹田」駅13:30着 ここでストップ、折り返し運転。熊本方面には、14:25発の「宮地」駅行きを待つしかありません。(なお、九州横断特急は、別府~熊本~人吉を運行していますが、青春キップでは乗車できません。一日3~4往復?)

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★大分市より「豊肥本線」に乗り換えます。・豊=豊後(ぶんご)・肥=肥後(ひご)昔の国名ですね!豊後=大分地方 肥後=熊本地方 大分県と熊本県を結ぶ「九州横断鉄道」が「豊肥本線」です。「豊後竹田」駅(ぶんごたけた)竹田=たけた 「滝廉太郎」の作曲した「荒城の月」=岡城址 で有名であります(別名:豊後竹田城)。(作詞=土井晩翠 宮城県仙台生まれ)仙台城跡に胸像や「荒城の月」碑文があるとのこと。

< 「滝廉太郎」は東京生まれですが、官僚だった父の勤務地の関係で、幼い頃に竹田に住んでいたとのことです。>

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★筆者は「岡城址」には一度見学したことがあります。(当然、バス旅行でしたが、、)豊後竹田駅からは約3キロありますので、歩くのはどうか?タクシーで¥700~750くらい、往復でも¥1500ですね。観光客の方が良く利用されるそうです。

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