「青春18きっぷ」 q (豊後竹田~宮地)

《独り言》先日、ブログランキングへのクリック参加をお願いしましたが、早速6位まで上昇しました。この調子で行くと、4位も射程距離になりますね。まあ、順位が動くと、どこと無く生きている!気がして、嬉しいですね。(こればかりは、自分の力だけではどうしょうも無く)ユーザーの皆様の応援に心より感謝する次第です。明日は「クルーズトレイン ななつ星」について、コメントしてみましょう。

DSC00307

「宮地」発 16:04 「肥後大津」行き

DSC00320

DSC00321

DSC00313

(ネットより参照)大分 – 玉来間は国鉄の犬飼軽便線(いぬかいけいべんせん。後に犬飼線と改称)として、宮地 – 熊本間は宮地軽便線(みやじけいべんせん。後に宮地線と改称)として、両線とも1914年に開業した。なお現在、南阿蘇鉄道となっている立野 – 高森間も宮地線の支線として開業している。

<筆者:注>「玉来」駅は「豊後竹田」駅の次の(熊本寄り)駅です。

最後の区間である玉来 – 宮地間が開業して大分 – 熊本間が全通したのは1928年で、宮地線・犬飼線を合わせて豊肥本線となった。その際、立野 – 高森間の宮地線の支線は高森線となった。

阿蘇・竹田などの多雨な山間部を通っているため、集中豪雨や土砂災害などの災害が発生しやすく、そのたびに数か月から災害の規模によっては1年以上も不通となることもある。1990年7月2日の集中豪雨では緒方 – 宮地間が不通となり、復旧に1年3か月を要した。1993年9月2日の台風13号では三重町 – 豊後清川間が不通になり、全線復旧まで8か月を要した。2004年9月に三重町 – 豊後清川間の百枝トンネルが土砂崩壊により不通となり、12月の復旧までバスによる代行輸送を行った。2012年7月12日の九州北部豪雨では緒方 – 肥後大津間の各所で土砂流入・築堤崩壊・橋梁流出などの災害が発生した。緒方 – 豊後竹田間および宮地 – 肥後大津間は同年9月3日までに順次復旧し、被害の大きかった豊後竹田 – 宮地間は、同年8月20日より代行輸送(同日から9月2日まではジャンボタクシーによる代行輸送、9月3日より七城観光バス・大野竹田バス・亀の井バス(湯布院営業所)等によるバス代行輸送)を行っていたが、翌2013年8月4日に復旧し運転を再開した。復旧にあたって、被害を受けた区間では路盤やトンネルが強化され、九州北部豪雨と同程度の雨が降っても耐えられる物となった。

DSC00318

4 thoughts on “「青春18きっぷ」 q (豊後竹田~宮地)

  1. admin 投稿作成者

    アンディ御一家へ
    丁重なコメント、さらに「お便り」届きました。後山邦秋:師匠にも「お便り」届いたそうです。(Cメールあり)体のこと(大動脈瘤)のことですが、24日に最終決定(入院や手術のこと)します。手術は10月の初めになろうかと?おもいます。まあ、「まな板の鯉」の心境ですね!

    返信
    1. Yuki

      返信、有難うございます。嬉しかったです。
      お体、どうぞ大切にされて下さいね。
      28日まで約3週間、練習がんばって下さい!!!
      難しいコードもチャレンジされておられますね。
      私も、がんばります。

      返信
  2. a.saito

    こちらは、すっかり秋らしくなりました。豊肥本線の旅、楽しく拝見してます。私事ですが宮地駅から57号線を大分方向に1km程の場所が生家跡地、9歳まで住んでました。豊肥本線は両親に連れられ熊本や大分に行くのに良く乗ったこともあり、当時を大変懐かしく思い出しました。ありがとうございます。季節の変わり目、風邪など引かれませんように、ご自愛ください。

    返信
  3. 大関泰子

    6位に上昇良かったです。何時もながら貴方のパワーには感心します。私達汽車の旅にはなかなか縁がありませんが6月に台湾に行き又、9月初めに行き昨夜帰りました。早速拝見しタッチ、これからも楽しい話を待ってます。

    返信

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。