月別アーカイブ: 2013年9月

「お客様、感謝祭」  d   W/バレンティン選手、プロ野球:新記録達成!

★弊社「お客様 感謝祭」の模様をお伝えしました。如何でしたか?これがド田舎流の「おもてなし」????
09_16_01
.
09_16_02
.
09_16_03
.
09_16_04

《独り言1》 昨日は小学校の運動会の日でした。深夜2時過ぎから、ダルビッシュ投手の試合をテレビ観戦していましたから、少し遅くまで寝ておりました。それほど(筆者は)あてにはされておらず、(それでも)昼食時には連絡があるものと?思っていましたが、一向にTELも無し、小雨ぱらつく中を運動場まで出かけてみました。何と、午前中の競技は11:30には終了していて、既に(楽しい~)昼食の真っ最中でした。言わば、本当にあてにされていなかったんです。これも日ごろ往生、まあ、こんなもの、、、、。

《独り言2》 ホームラン日本記録55本に並んでいた「バレンティン選手」=ヤクルト が、遂に「シーズン本塁打」プロ野球:新記録を達成しましたねえ。それも56号~57号と(1試合)2本続けて打ちました。彼のインタビューを聞いていても、謙虚で素晴らしい青年ですね!カリブ海の小さな島から、はるばる日本のプロ野球で華をさかせました。アト18試合有るそうですから、60本は行くでしょう!予想では65本と言う数字も計算上はあるそうです。(参考=王貞治さんの55本当時の試合数は130試合、現在は144試合です。)

《独り言3》 クリーブランド・インディアンス(ア・リーグ 中地区)のマイナーから、ニューヨーク・メッツ(ナ・リーグ 東地区)に電撃移籍した「松坂大輔」投手が、383日ぶりにメジャーで勝利投手になりました。テレビ放映はありませんでしたが(ネットで確認)、これをきっかけに(来期)先発メンバーに固定してもらって、頑張って貰いたいですね。(対、フロリダ・マーリンズ戦 7回2安打1失点 何でも昨年の8月27日以来の勝利だそうです。)

「お客様、感謝祭」 c   W/バレンティン選手(ヤクルト)

09_15_03

09_15_04

09_15_01

09_15_02

《独り言1》 昨日は土曜日、朝からぼんやりとMLBを観ておりました。どうしても「ヤンキース」の試合が気になりますし、「黒田博樹」投手の出番ともなれば、確実にスイッチオンですね。ヤンキースにはイチロー選手もいますから、二度美味しい試合となります。結果、黒田投手は負け投手、初回から滅多打ちされて4失点、途中同点までなったものの、結果、ボストンレッドソックスに4-8で大敗です。

・レッドソックスには、二人の日本人投手がいますね。何故か?今年のレッドソックスは強いですねえ?現在、ア・リーグ東地区の首位。なんといっても二人の日本人投手(田沢純一投手、上原浩治投手)の中継ぎ、抑えの大活躍が一番の結果でしょうね。ファレル新監督になって、どこと無く別チームの感じ、松坂大輔投手の在籍当時のピッチングコーチでしたねえ。上原投手は、クローザーとして、37人連続凡退の球団記録を作りました。大リーグ記録は41人切りだそうで、(ひょっとすると)明日~あさって辺りで新記録樹立!かも?知れません。

《独り言2》 筆者は「プロ野球」は殆んど観ませんが、今一番の目玉は、バレンティン選手(ヤクルト)のホームラン日本記録のことですねえ。ここ数試合、ホームランは出ていませんが、未だ(残り)19試合ありますから、王貞治さんやローズ選手~カブレラ選手の55本を抜くのは時間の問題でしょう。王貞治さんも抜かれることは間違いない!それほど気にしていない!とかで、ここ数試合、四球で逃げるピッチングは(しておらず)、一昨日~昨日の阪神チームは、真っ向から勝負していましたね。いいことです。

・W/バレンティン選手の出身国は、何でもオランダ領アンティルと言うところ(オランダ王国の構成国)、中南米のベネズエラの北、(中央アメリカ/カリブ海に浮かぶ)キュラソーという島の出身だそうです。人口14万人強、イチロー選手の「シアトル・マリナーズ」(当時)にも在籍していたそうですが、(諸々、筆者は)今回初めて知りました。調べてみますと、キュラソーとは、ポルトガル語で「聖心」の意味だそうです。言わば、皇后美智子さまや、(プレゼンの)高円妃久子さま、出身大学「聖心女子大学」の聖心と同じ意味ですね!

<プロ野球での、もう一つのビッグニュース!それは「田中将大」投手(東北楽天ゴールデン・イーグルス)の、開幕21連勝(新記録)の話題ですね。又、コメントしてみましょう!>

___________

< 雑学 > キュラソー・ビザ   リトアニア/カナウス日本領事館 杉原千畝)

第二次世界大戦前、ナチス・ドイツに迫害されたユダヤ人たちが出国するために用いられたのが、キュラソー島へのビザであった。当時のオランダは、ユダヤ人への偏見が比較的少なかったため、他の欧米諸国が発行していなかったユダヤ人向けビザを発行していた(もっとも、本国はナチス・ドイツに占領されたため、植民地であるキュラソー島向けビザを発行する、という変則的なことになった)。

実際には「キュラソー島へ行くためのビザ」というのは「嘘の方便」であり、「途中経由地」であるアメリカ上海に居つくユダヤ人が多数であったのであるが、そのウソを承知の上で、当時のリトアニア、在カウナス日本国領事杉原千畝は日本国通過ビザを発行した。結果、ユダヤ人難民の数千人の命を救うことになる。

この逃亡のための方便のビザは「キュラソー・ビザ」と呼ばれる。