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(2月の)おみやげ  ③  < (幻か?)消えた1拍の妙音?>

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http://www.rokkatei.co.jp/products/index.html  →「六花亭」ホームページ

《独り言》 2月も(もう)25日になりました。毎日毎日が、あっという間に過ぎ去っていきます。やはり「二月は逃げる!」ですね。アト4日しかないのに、やっていないことは膨大であります。

① 3月分の自動車保険更新が(何と!)まだ半分強も未更新なんです。叱られますね。気合を入れてやらなくては、、、。

② 一月~二月の新車契約の納車が半分も出来ておらず、消費税・増税の駆け込み需要のあおりか?例年の倍は販売しています。3月末でも間に合わない新車(型とグレードによる)もあるようです。(3月中に)契約しさえすれば(増税分の消費税3%は)ディーラー(販社)が負担するとか?聞いていますが、、さて?

③ フロンティア倶楽部(兼業代理店:全国大会)入賞当確にリーチ(15年連続入賞がかかっている!=生保&生保第三分野:AAP2000万) アト残り約2件、AAPにして30万強、(現在のカウントはAAP1969万、契約件数93件)足踏み状態が続いています。何が何でも(筆者:誕生日の今月の終わりまで=28日)達成しなければなりません。まあ、生みの苦しみであります。

・昨日、東京海上日動(下関支社)の「工藤忍」主任が来社された際、3月4日(火曜日)に入賞達成記念・懇親会の仮予約をしていることを告げられました。(㈱一の俣温泉観光ホテル=宮原恒人:支配人)  色々のお立場の方々に影響しますから、実に Jirettai ~ Moyamoya の感が致します。やは目の前にゴールが見えてくると、どこと無くKakkoーyoku?と緊張するのでしょう。楽しく~遊び心で~気楽に??とは、行きませんね。敢えて逃げ出したいくらい、どことなく落ち着きません。

④ ご存知、ピアノ練習ですが、自分の能力の限界点に挑戦中であります。8/9(はちぶんのーきゅうびょうし)と言う、とんでもない拍子を「フォスター」は作曲しているのです(夢路より=夢見る人)。1864年(江戸末期:戊辰戦争前夜=今から150年もの昔にさかのぼる)「フォスター」最後の曲とも言われています。これを楽譜どおり確実に演奏することは(そもそも)無理?9を8で割る!割り切れませんよね!8小節に9拍!判るような?判らないような!昨日(遂に後山邦秋:師匠から)メトロノームを借りてきました。

・ピッチ146ですよ!これが演奏すると(半分の)ピッチ73くらいの流れに聞こえてくるんです。150年経っても誰も真似が出来ない楽曲を、「フォスター」は最後の最後に作ったのでしょう。阿吽のMa!半拍のMa=半拍のあそび が出来ないと、正確な演奏とは言えないのです。

⑤ 町中のゴミ退治!これも待ったなし!気候良くなってきました。気持ちが高ぶりますね。3000袋目ざして頑張ります。傍で家内が呆れています。何故?そこまでするの?それが良く判らないのであります。

http://www.worldfolksong.com/foster/song/beautiful.htm →「夢路より」 経緯~訳詩~視聴

山口英子さん (大正10年生まれ、 92歳)

★ 弊社のお客様のなかでも、ほぼ最高齢のお母さま。先日、ご自宅へ訪問した際、スナップを撮らせていただきました。ブログに掲載するのも、少しばかり躊躇しましたが、「今までの苦難人生」を(訪問のたびに)伺ったことで、掲載することを決断しました。お名前は「山口英子」さん、1921年1月生まれ(大正10年)御出身は広島県だそうですが、終戦後(大陸から)疎開され、地元:豊田町の開拓団へ入植、苦難に苦難を重ねられ、現在でも(おひとりで)見事に生活を続けておられます。少し足が不自由な所もあるようですが、ほぼ全てが Seijyo で実にしっかりしておられますよ。ご主人は7年前90歳でご逝去、(育てた)お子さんは5名、2人は既に亡くなられ(3名は)、関東~関西~下関(旧市内)におられます。

・弊社から数キロの高台に位置する「松尾ヶ原」と言う「開拓地」であります。入植当初は細い山道であり、水が乏しいため、水田は無理、様々な苦労をされ、最終的には「養鶏業」特にタマゴの生産で、4人の子供さんを大学まで送られました。先日の10月13日、NHKのど自慢(本番)にて(背が一番に高いひと)、 ‘ もしもピアノが弾けたなら ’ を歌われた (有)カギの110番 で有名な「山口博司」社長は、英子さんの末っ子であります。新聞配達などのアルバイトで(見事)大学を卒業されたと伺っています(確か?日本大学?)。(筆者より4歳後輩です)

・お会いして会話が良く弾みます。目も耳も口も大丈夫、全てに勇気を貰えます。お付き合いは(それほど古くは無く)平成になってから、いわば「東京海上日動グループ」関連(生損保)で、25年間の歳月を数えます。先日、最後の最後の契約終了の手続きにお伺いしました。入植当時は、車も通れず、背中にしょって(出来た野菜や梨など)急な坂道を歩いて登って降りて町まで運んだとか!、自分の作ったタマゴは、評判が良かった!借入金の返済も、一度も遅れたことは無かった!その語り口には(並々ならぬ自信がみなぎっていました。)当時の状況は雑木や竹林、雑草などの原生林地域であり、手作業で開墾し、立派な田畑にされたのです。ご主人も(筆者は)良く知っていますが、一年中365日働きづめの方でした。自動車は最後まで無く、確か?ホンダのスーパーカブでしたねえ。五円玉で作り上げた「五重塔」や「平等院・鳳凰堂」などを自慢するのが大好きな方でした。ご自宅へ伺うと、筆者の目が輝きぱなし!でした。「生損保」としてのお付き合いは終了しましたが、お子さんが帰省された際は、レンタカーをお求めになります。これからも、時々(様々な)体験談~人生訓などを聞きに行くつもりであります。まだまだ元気、豪快なお母様ですよ!
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http://sogobouhan.org/tatujin_11.html    →「山口博司」さん(有)カギの110番:代表取締役 紹介サイト