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「旭陵同窓会」 “天下第一関” b (矢野徳夫さん、エピソード)①

★懐かしき、同級生の顔が見えますね!
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《独り言1》やっと‘矢野徳夫’(やのよしお)さんのことをコメントする気になりました。矢野さんは、「世良修蔵」の傍系子孫「世良修蔵」の兄の直系、世良徳壽(祖父)世良恒吉(実父)の4男、兄弟姉妹の仲で唯一「徳」の文字を継承しています。
最近判明したこと<世良徳壽→中司徳壽から改姓(させられた?)中司家の庄屋を引き継ぐ  大島銀行 第百十国立銀行(頭取?)=山口銀行の前身 県会議員~国会議員(帝国議会)明治政府から、叙爵(勲功華族=子爵)の話があれど断り(金がかかる)明治天皇名の勲章ほかを受理する。「世良修蔵」の兄=中司八郎右衛門の長男が世良徳壽

・筆者と矢野さんの出会いですが、商売柄、軽トラをお世話したことから始まります。ある時、家の中に上がる(お邪魔する)ことがあり、その時から(本格的に)世良修蔵を研究することになりました。矢野さんのご自宅は、お世辞にもご立派な家ではなく、それこそ実に質素で小さな平屋建てでした。台所があって、部屋は6畳ヒト間、それから奥様の仕事場(裁縫室=入ったことはない)の二部屋のみであります。場所は、山際の下部、道路より5米くらい上がったところ、自宅の傍に倉庫(仕事場)と、鶏小屋がありました。裏には結構広い「栗園」があり、さらに20~30米の勾配に「しきみ」=樒 (サカキ=榊のような木々)がびっしり植えられ(接木=ツギギ)栽培されていました。

・表現は申しわけありませんが、俗に言う ○○○の形態でしょう。お邪魔した際、ミルクココアをご馳走になりました。お母様の千恵子さん(東京・町田市でご存命です。とても優しく、いつも‘伊藤君は!’とか‘ようちゃん!’とか、親しく接していただきました。そのミルクココアを出された際、筆者がその「御盆」に釘付けになったのであります。その御盆に気がつかなければ、「世良修蔵」についての「素人歴史家」は誕生しなかったのであります。ズバリ!その古くて、決して綺麗ではない「お盆」のド真ん中に「菊の御紋」が彫ってあったのです。今では、皇居などに(観光などで)拝礼した時は、お土産などで購入できるかも知れません。その「御盆」はガッシリして黒く、多分「ケヤキ=欅」か?「黒檀=こくたん」?らしき材質でした。その当時、筆者の自宅を新築したばかりで、木材の材質には結構知識がありました。

・‘この御盆、どうしてここにあるんですか?’家から持ってきたんですか?’まあ、そんな様子の質問をしたのです。矢野徳夫さんは傍に座って(タバコをふかせながら)、それ、天皇陛下から貰ったんじゃあ!なにー!筆者はビックリしたことはいうまでもありません。ここは田舎であります。ほぼ皇室には縁の無い地域。(一箇所だけありました。安徳天皇の御陵墓があり、その墓守をしておられる「神崎政徳」さんと言う古くから続いた(少し前まで、豆腐屋さん 園遊会には、数度参列されている)がありました。そのがっちりした古めかしい「御盆」がことの始まりであります。

< 矢野徳夫さんは、大正5年生まれ、平成19年秋(東京・町田市)逝去、当時の年齢は92歳でしょうか。筆者との出会いは、確かではありませんが、平成になってからか?年齢も70歳を超えておられたのでは、と思います。筆者との歳の差は、30歳ありますから、出会いの時期(筆者年齢は)は40歳前後となりますね

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「豊田のホタル祭り」 d (世良修蔵  NHK放映②)

≪独り言≫「世良修蔵」の事をコメントするたびに、徐々に徐々に○○○○○きました。(筆者は勇気を出して)「NHK」映像(ネット上のオンライン)を拝見しました。結論的に言えば、「世良修蔵」の表現の手法に、かなりの嘘~偽りがあり、このままこの映像が残ると、確実に(将来)大問題になると確信しました。世良修蔵だけの云々だけではなく、長州藩いわば現在の山口県人および世界中に散らばる長州子孫 に対しての冒涜にもなるからです。

・傍系子孫の「矢野徳夫」(故人)さんとのエピソードなど、コメントする予定なのですが、余りにも、、、、、、、コメントになりませんね。世良修蔵は、少なくとも、新政府軍の指揮官まで上り詰めた一人の長州人であります。テレビであのように(言葉を失うほどの)演技が(一般的に)信じられるとすれば、そのような指揮官を育て、任命していった「新政府軍」特に薩摩・長州の人間性を疑う!ことに発展せざるを得ません。余りにも、お粗末すぎてコメントするのも恥ずかしく、(一生懸命ドラマに登場しておられる皆さんは問題は無く、)NHKの担当プロデューサーそして脚本担当、しいては報道部の責任者の方々には、この映像をどう思っているのか?世良修蔵の「傍系子孫」(特に世良姓を名乗っている方々)長州人子孫の我々の立場を考えてみてください。そしてこれは何年かかっても○○○○○なりません。

・特に、映像の中で縁側からションベン(Hounyou)シーンがありました。おおよそ、日本を代表するテレビ局が出すべき映像ではありませんねえ。(テレビ映像は子供たちも観ていますしね。)ここは日本であり、近隣諸国の問題ある?国でも、このような露骨で下品な、人間業とは言えない!映像を流しませんねえ。現在でも立ちションベンは、筆者でもしますし、(格好だけならまだしも)ここまでテレビでやっちゃー(それを出しちゃー)お終いですね。NHKの職員さんが、自らのHounyouの姿を、全国の多くの視聴者に見られたら、皆さんの家族・遠戚しいては「ご先祖さん」「子孫の末代まで」どう思われるでしょうか!

・このブログコメントは、何らかの形で、NHKのもとに届くことでしょう。(145年前とは言え)実名を使い、歴史の史実に沿ってのドラマであります。一般国民が誤解するような映像を作り、それが事実かも知れない?そして、いつの間にやらそれが定着し、本当とされるかもしれない。ある意味では死刑判決に於ける「冤罪」以上の組織的な犯罪!と言わざるをえません。たとえ、フイクションドラマで断って作られたにせよ、日本国民の一人として、今回の諸々の映像は(人間業とは言えない)、全く我慢できませんねえ。

・当時の真実は誰にも判りませんが、物事には程度があります。一部の「歴史小説」を材料にして、それを鵜呑みにし、その又さらに誇張する。一般大衆はそれを信じてしまう。もしくはそう思う。NHKは国民一人一人から視聴料を取っています。そして国会でその全てを精査されています。いわば、国家・国民の為になるべき報道では無くてはなりません。田舎のイチ年寄りが(筆者のこと)、喚(わめ)いたところでどうしょうもありませんが、一人でも多くの皆さんが、果たして?どこが真実で何処が嘘か!どうしてこのような人物像になったのか!を確認してもらいたいと思っています。日本は民主国家であり主権在民は言うまでもありません。今一度、日本国民は、何処が真実なのか?何故そうなのか?を判別できる優秀な国民であって欲しいと思っています。

< 筆者の大胆な「仮説」ですが、新政府側(薩摩人・長州人)の中に「世良修蔵」の存在を、疎ましく思っていた人物がおり、暗殺に関与した!さらにその延長線上に「世良修蔵・悪態伝説」が構築されて行ったのでは?との仮説を立てています。>

http://www.chosyufive-movie.com/ ⇒「長州ファイブ」