日別アーカイブ: 2021年2月20日

海外「思い出」中国(長江三峡下り-b)

長江(揚子江)三峡下りをお送りしています。出発は「重慶」!重慶と言えば、日本軍が(ここまで)爆撃して(重慶大爆撃)、大勢の中国人が・・・処です。無差別爆撃!だと聞いています。中華民国(蒋介石)の(臨時)首都がおかれたところ、冷静に考えても、こんなに奥地まで爆弾を落とし、これは侵略の何ものでもありません。

「重慶」は、最近の人口が、3000万人を超えたそうで、20年前でも2500万人はいたでしょう。大都会です。記憶では、空気の状態がとても悪くて、喉が痛くなった記憶があります。家庭の朝晩(食事や暖房)に「石炭」を使用したとか!聞いたことがあります。それも煙が出る!・・・石炭でしょう。その「重慶」のド真ん中に(大きな川)「長江」が流れているんです。☆川→河

三峡下りの「三峡」とは、「瞿塘峡」(くとうきょう)~「巫峡」(ふきょう)~「西陵峡」の 三ヶ所で、長江の両岸の景観の素晴らしい処です。重慶から最初に訪れたところは(接岸して) 〇「豊都鬼城」ですね!かなり歩いたり登ったり大変な処です。「瞿塘峡」を通過して   〇「巫山」(ふさん)に着きます。ここから  〇「小々三峡」に小舟に乗り換えて進入します。ここでの記憶では、行き帰り2時間くらい、帰りにこちらの小舟に向かって、男の子が果物を投げて来ました。こちらも代金を(お札=おさつ)を投げました(家内です)。お札は(10元数枚)川に落ちて、何とかその子は取りました。こんな思い出があります。

三峡ダムは堰き止めが始まったばかり、大きな幅の広い川ですが、そのそばに新たに川を作って(迂回)今までの川に、大きなダンプ(30㌧~50㌧)が、、、、、、、それを船内のテレビで生中継、ドンピシャそんなときに通過したのです。

☆時間ははっきり覚えていませんが、クルーズ船は、夜間は動かず、船首を上流に向けて係留、停泊していましたね!(それから)格安の旅行なのでお口に入るものは、それ相応のものでした。(苦笑)

三峡ダムの工事現場の少し先に「ロックゲート」=閘門(こうもん)があって、当時は3段(3門)、現在は5段(5門)それにて、大きなクルーズ船を下ろすのです。☆段々に水を抜いて 入って抜いて、それを繰り返す、これを「ロックゲート」と言うそうです。☆現在は5門、上海から「重慶」まで、1万㌧クラスの大型船舶でも、航行出来るとか→上がったり 降りたり (パナマ運河) 〇「宣昌」にて下船しました。上海まで行くクルーズ船もあるようです。