日別アーカイブ: 2019年8月3日

7月 小旅行 報告⑥ 「飯沼貞吉」墓所 (宮城県仙台市)

仙台市青葉区にある「輪王寺」を訪ねました。お目当ては「飯沼貞吉(貞雄)」の墓所をお参りするためです。以前、福島市「長楽寺」のことをコメント(世良修蔵150年忌法要)したことがありますが、ここ「輪王寺」そして「長楽寺」のどちらも「曹洞宗」であることが判ります。筆者の家の菩提寺は「妙栄寺」と言いますが、同じ「曹洞宗」なんですね!(余談&苦笑)

↑ 「田切誠人」氏 撮影 2019年7月15日

☆「飯沼貞吉」が、白虎隊の “ 生き残り隊士である ”  ことはご存知のとおりですが、(その後)貞吉少年が、長州藩士(楢崎頼三=らいぞう)によって長州(山口県美祢市)の地に連れて来られ、ここで2年間養育されていたことが(極 最近に)判明しました。その居住地が、ここ豊田町の直ぐ隣地区なんですね。昔風に言えば「美祢郡厚保(あつ)村小杉」  現在の美祢市東厚保町小杉 豊田町側が、「豊浦郡保々(ほうほう)村」現在は、美祢市豊田前町保々ですね!その距離は3キロ、小山を越えてすぐの処に、庄屋「高見家」があるのです。楢崎頼三の生家の跡地に、(平成26年)記念碑が建立されました。=高見家のお隣です。

≪余談≫筆者が4~5歳の頃、ここ保々から、自宅まで帰ろうとした!(夜8時過ぎ、6tトラックの窓から出て、11キロの夜道を歩いた?ことがあります。途中8キロ付近(麻生上)で地元住民に捕捉されたもの。運転手と親父さんは、(保々の)工藤宅で歓談中だった。山の方に行けば「高見家」の前に出る。=これは全くの余談)曹洞宗と保々の近所(小杉)でのこと、この共通点でさらに興味が湧いたのです。(爆笑)

☆この「飯沼貞吉」少年を、長州藩士(楢崎頼三)が連れて帰り、(2年間)養育したことは、ここ10数年前までは極秘にされていたようです。(140年間いわゆる家督の口伝のみ)筆者は色々知りたくて、このたび仙台市の「お墓参り」に来たわけです(輪王寺)。会津若松の「飯盛山」に、自害(自刃)した(白虎隊士)19人のお墓がありますが、飯沼貞吉が亡くなって(76歳没)遺族の方が、仲間のお墓の傍に埋葬を願い出た当時、(会津の人達から)生き恥をさらした(生き残った!)云々で、拒絶された!と聞いたことがあります。それだけ武士の規律が厳しかったんでしょうが、飯盛山の少しばかり離れたところにも、お墓がありますね!10数年前ここにも行きました。