日別アーカイブ: 2018年9月11日

Number web より  「大坂なおみ」 全米オープン優勝!

9月9日 全米オープンテニス・女子シングルス決勝 筆者は 4:45 からの、「大坂なおみ」選手 対「セレーナ・ウイリアムズ」選手 の 優勝決定戦を WOWOW にて テレビ「LIVE観戦」を致しました。余りにも印象深かったのと、素晴らしい「観戦記事」を見つけましたので、敢えて 転載いたしました。

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(「テニスPRESS」山口奈緒美 = 文) Number web より ↓ 転載

あんなに悲しそうなグランドスラム・チャンピオンを見たことはない。2万4000人を収容する巨大スタジアムで耳鳴りがするほどのブーイングの中、20歳の初々しい勝者は、黒いサンバイザーのつばを左手で下ろして涙を隠した。

 そのとき、憧れ続けた史上最強とも言われるプレーヤーが肩を抱き、なぐさめていたことがせめてものやさしい光景だったが、そもそもこの状況に陥らせたのもその人なのだから複雑だ。

 弱々しく立ち尽くす大坂なおみは、もっと華々しく新チャンピオンとして迎えられるべきだった。23個のグランドスラム・タイトルを持つセリーナ・ウィリアムズを打ちのめしたのだ。

 たとえ36歳のセリーナが産後復帰からまだ「50%くらいしか戻っていない」と自己採点する状況だとしても、世代交代を謳うにふさわしいテニスで。
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☆大坂が軽々と乗り越えた2つの壁。

 この日、大坂は2つの壁を軽々と乗り越えてみせた。

 1つ目は初めてのグランドスラム決勝という壁。錦織圭も4年前に敗れた全米オープン決勝戦を振り返って、「試合が始まる前は大丈夫だったのに、コートに入った途端に浮き足立ってしまって自分が自分じゃないような感じだった」と言った。

 あのノバク・ジョコビッチですら、初めてグランドスラムの決勝に進出した20歳の全米オープンでは、ロジャー・フェデラーに敗れて「ロジャーがこれを最初から乗り越え、ずっと継続させているということが信じられない」と語ったものだ。

 大坂は落ち着いていた。我慢とリスクのさじ加減を見事に調整。セリーナのパワーショットに振り回されても走って追って切り返し、大胆に攻めてウィナーを奪った。第1セットは第3ゲームと第5ゲーム、2度のブレークに成功。セリーナには確かに全盛期のキレがなかった。

 しかし大坂のプレーがあれほどのレベルでなければ、セリーナならいくらでも付け入ってきただろう。
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☆「この泥棒。私に謝りなさい」

 大坂に圧倒されるセリーナを、家族席に座るコーチ、パトリック・ムラトグルーは黙って見ていられなかった。第2セットの第2ゲーム、こっそりと身振りでセリーナに何かを伝えた。あとでわかったことには、「ネットに出ろ」という指示だったらしい。試合中のコーチングは選手が見ていようがいまいが、違反行為にあたる。〈警告〉がとられた。

 不満をあらわにしたセリーナだったが、違反行為は続く。セリーナがブレークに成功したあとの第5ゲーム、ダブルフォルト2つを絡めてブレークバックを許すと、ラケットを地面に叩き付けて破壊。2度目の警告はポイント剥奪となる。

 第6ゲームの1ポイント目は大坂に与えられ、怒りのおさまらないセリーナはプレーを立て直すこともできず、このゲームをラブゲームでキープした大坂が第7ゲームをブレーク。チェンジオーバーでセリーナは主審に対して、「この泥棒。私に謝りなさい。あなたは私のキャラクターを攻撃している」と威圧的に罵倒し続けた。

 このことで主審はゲーム・ペナルティ……つまり、次のゲームを戦わせずに大坂に与えたのだ。

☆ブーイングの嵐にも動じなかった。

 かなりレアなケースだが、ルールには則っている。しかし会場内はブーイングの嵐で騒然とし、セリーナはわめき散らし、トーナメントディレクターとグランドスラム・レフェリーも登場する事態になった。

 もう1つの壁というのはもちろんこの騒動のことだ。百戦錬磨のプレーヤーですら動揺するだろう。しかし、大坂は動じなかった。

 第9ゲームはラブゲームでセリーナがキープしたが、5-4で迎えたサービング・フォー・ザ・チャンピオンシップ、フォアの逆クロスのウィナーで1ポイント目を奪うと、30-15からサービスエースを叩き込み、マッチポイントでは時速184kmのサーブがセリーナのラケットを弾いた。
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☆セリーナにペコリと頭を下げて。

 表彰式、インタビュアーにマイクを向けられた大坂の第一声は、「質問と違うことを言うけれど、皆さん彼女を応援していたと思います。こんな結果になってごめんなさい。試合を見てくれてありがとう。それだけ言わせてください」だった。

 インタビューの最後はまた質問と関係なく、「セリーナとここの決勝で戦うことができてうれしかった」と言い、セリーナのほうに顔を向けてペコリと頭を下げながら「サンキュー」と言った。

 なぜあなたが謝る必要があったのか……。記者会見での質問に、こみ上げる感情を抑えきれず、涙で声を詰まらせながら答えた。

 「セリーナが24回目のグランドスラム・タイトルをどうしても欲しかったことを知ってるし、どこでもその話でもちきりだった。でもコートに入った瞬間、私はもうセリーナのファンじゃない。もう1人の誰かと戦うただのテニスプレーヤー。でもネットで彼女と抱き合った瞬間……小さい子供に戻っちゃった」
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☆7秒の沈黙とスイッチの入れ替え。

 セリーナ・ファンに戻った途端、セリーナから24回目のグランドスラムの夢を奪ったこと、かつての自分のようにセリーナの勝利を願ってここに来た多くのファンをがっかりさせたことが、申し訳なく思えてきたというのだろう。ちなみに、コメントの「……」は7秒間の沈黙だ。

 そのスイッチの入れ替えは、彼女のパワーやスピードに匹敵する天性の才能か。試合中はただ戦う1人のプレーヤー……言われてみれば、と思う行動があった。

 セリーナが主審に食ってかかっている間、大坂は自分がサーブをするために持っていたボールを2つ、ネット越しにポンと向こうへ投げ入れた。1ポイントもプレーせず1ゲームをもらったことに、妙な気遣いや戸惑いを微塵も見せずに。そしてそのまま背中を向けて、ベースラインのほうへ下がっていった。

☆ネットでも表彰台でもやさしくて。

 集中力を失ってはいけないところだった。この状況から耳をふさぎ、目を閉じたのだ。おかげで、大坂は大事なものを失わなかった。

 「周りがすごくうるさかったし、私は背中を向けていたから、何が起こったのかわからなかった。だから私はこれからも大好きなセリーナしか覚えていないと思う。何も変わらない。ネットのところでも表彰台の上でも彼女は私にやさしくしてくれた」

 数日前、コーチのサーシャ・バインがメディアの要請に応えて異例の記者会見を開き、言っていたことを思い出す。

 「なおみはどういうわけか、無邪気さを失っていない。そこが僕は一番好きなんだ。悲しいときは悲しみを表すし、楽しいときには楽しさを表す。偽りの感情がないんだ。嘘がない。ただ純粋で、むき身の感情があるだけだ。わかりやすいから、僕の仕事も楽だ。本当に楽しいよ。これまでの彼女との時間はすごく楽しく、すばらしい」
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☆天性の純真無垢に対する畏怖。

 激情型、劇場型のセリーナのヒッティング・パートナーを8年も務めた人だ。セリーナはだからこそ強いことを知っている。

 そのバインコーチが、表彰式での大坂を見つめながら涙で頬を濡らしていた。これまでの道のりを振り返って、なおみの努力をいじらしく思って……そういう涙には見えなかった。天性の純真無垢に対する畏怖。そんな目だった。

 その才能は武器になるだろうか。少なくともたくさんの味方を得るだろう。女王然とした女王たち、強すぎる女たちの振る舞いに、私たちもちょっと疲れていたのかもしれない。そんなことすら感じさせる20歳の戴冠、世代交代の狼煙だった。
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(「テニスPRESS」山口奈緒美 = 文)↑ Number web より

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山口奈緒美
Naomi Yamaguchi

1969年、和歌山県生まれ。ベースボール・マガジン社『テニスマガジン』編集部を経て1997年よりフリーランスに。’90年代後半より全グランドスラムの取材を敢行中。『テニスマガジン』、『Sports Graphic Number』、スポーツ新聞などで多数の執筆活動を。近年ではスポーツ系ウェブサイトでも大会レポートやコラムを配信中。(ネット より)