日別アーカイブ: 2014年11月5日

「秋吉台国際芸術村」コンサート  ①

 

★本日より、3連載にて「秋吉台国際芸術村」で(先日)開催された「宮崎義敬」さん執筆の「占児」=うらご 「出版記念コンサート」のスナップをお送りします。シンガー「Baru」さんの熱唱、(下記)3名のバンドのみなさん、その他の出演されたアーティストの皆さんによる、素晴らしい演奏会でした。そして、復唱になりますが、「宮崎義敬」さんの絶妙な(強烈なるトーク)に心の底から感銘を受けました。下関地区から「呼夢奏メンバー」もほとんどが参列し、拍手を惜しみませんでした。

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↓ ネットより 紹介記事

3億年という永い年月によって形作られた国定公園「秋吉台」の麓、その豊かな自然のなかに、国内外の芸術家の表現創造活動の拠点として、1998年8月に「秋吉台国際芸術村」はオープンしました。

この「芸術村」は、世界に開かれた「芸術文化の創造と発信」の場として、音楽、美術、ダンス、演劇など幅広い芸術文化活動に対応できる滞在型芸術文化施設で、「アーティスト・イン・レジデンス(滞在型創作活動)*注釈挿入」やセミナー・ワークショップ事業のほか、国内外の関係団体との連携プログラムや地域に密着したプログラム、さらには、滞在者と地域との交流事業などを展開します。また、創作・練習・発表など芸術文化活動の場として県民の皆様に開放しています。

この「芸術村」に国内外から芸術家が集い、創造的な活動を広げることで、地域から世界に向けて情報発信を行っていきたいと思います。

「芸術村」は、
音楽、美術、舞踊、演劇等幅広い芸術文化における創作活動や発表の場として芸術家や芸術家を志す方々が一定の期間滞在してこれらの活動を行うことを促進し、支援します。
国内外の芸術家、文化団体などとのネットワークを形成し、これらのネットワークに基づき芸術家の派遣、受け入れを行うなど芸術分野における交流を活発に行います。
子供から大人までが気軽に芸術文化に触れ、創造の喜びを体験できる機会を提供します。
県内外の皆様や文化団体に練習や発表の場を提供し、その活動を支援します。
県民の皆様に対して芸術村に滞在する芸術家やその作品にふれる機会を提供するなど、芸術家と県民との交流の場とします。(ネットより)

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↓ 「Baru」さんのホームページより

10/25 (土)
宮崎義敬「占児」出版記念コンサート
秋吉台国際芸術村コンサートホール
14:00〜16:00
P:青木弘武
D:YAS岡山
B:井島正雄

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宮﨑 義敬 (みやざき よしのり)さん (談)

日本最西端の沖縄の与那国島へは三度出かけた。新宿のデパートの沖縄物産展でクバの葉細工を実演中の、池間 苗さんとの出会いがきっかけで「 群青の海」 が生まれた。

「島に咲く花」は、山口県の西北端に位置する角島(つのしま)の四季を織り込んだもので平成十二年 十一月 三日の角島大橋 (約1800メートル) の開通式には、この歌に踊りを振り付けて披露された。

母の百歳の記念に贈った「 わたしの海」は幼少の頃への回想にほかならない。戦時、戦後の厳しい時代を共に生きた感慨は深く、貧しさの中にも心の豊かさがあって親子の絆も深かった。

過疎化と高齢化の進む地域社会へ思いを寄せたのが「花恋えば」で、赤い実とは藪柑子(やぶこうじ)のことである。限界集落という言葉まで生まれて、この先、日本の農山漁村はどうなるのだろうかと気遣われる。

Baruさんのために書いた「里山の子守唄」は、誰もが知る子守唄とはひと味違うものになっているが、現代の子供たちの情緒の安定のためにも子守唄の復活をみんなで考えたい。

↑ 「Baru」さんのホームページより(再掲載)

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《独り言1》どうした訳か?昨日の朝9時前、東京海上日動火災保険㈱下関支社の「中川紘一」主任(弊社担当)が来社、こんな早い時間に来るなんて!よほどの用件があったのでしょうか?筆者はすぐ!判りましたが、それなりに業務的な話を若社長としていました。そしてその直後、髙浦健一支社長から電話が入りました。今からそちらへ向かう!とのことでした。(西ノ市バイキングで会食→2名のみ)

・昨日のブログで「2014下関海響マラソン」へ東京海上日動:下関支社の男子社員が全員完走された!とのコメントにもかかわらず、それには触れず、単純に「フルマラソン」を走ることは凄いことだ!としかコメントしなかったのです。実は、“ 出場された男子社員の皆さん、完走!おめでとうございます。” とコメントをしたかったのですが、「山口新聞」の3日付けで「中川紘一」社員の名前が(完走リストに)無かったのであります。それこそ3時間以内までも調べたのです。まあギリギリ完走!とのコメント弁(本人)ですから、、、しかし?どこにも無いのですね。

・まあ、その点を説明方々の来社であることは明々白々でありました。彼は、右足を引きずっておりました(何せ、42㌔強ですからね!)。(それと)何でも25㌔過ぎで隣のランナーに(足を)踏まれたとか?そして、その際、「ランナーズ・チップ」が靴紐から外れたのであろう?とのことでした。記録上(自動計測)は25㌔通過までしかなかった!との説明でした。勿論、制限時間の6時間はクリアーしており、完走メダルは貰ったものの、「公式タイム表示」そして「完走証」がもらえなかった!そうであります。なるほど、それで「山口新聞」の謎?が解けました。

< 改めて(完走された下関支社の)男子社員の皆様に(6時間以内の)完走のお祝いを申し上げます。(本当に)おめでとうございます。>

・それにしても、初フルマラソンで(制限時間6時間の)完走を果たすことは素晴らしいことですよね。ちなみに社員の皆様のタイムは(新聞に記載されているデータによりますと)「髙浦健一」支社長→4時間38分31秒(3363位)「渡部恭弘」代理→4時間43分10秒(3582位)「岡村直樹」代理→5時間20分19秒(5251位)「中川紘一」主任→5時間50分プラスα(本人自主申告)(6430位前後)でした。

・フルマラソンの出場者は、1万人強、記録上の(完走6時間内)完走者は6854名でしたね。「村岡嗣政」山口県知事も見事!完走(5時間18分24秒)されました。前:豊田総合支所長の「武内芳博」さんが、「2014下関海響マラソン」実行委員長を勤められていました。すご腕の管理職さんでしたから、、(何はともあれ)大成功!おめでとうございます。